お盆(盂蘭盆経に書かれています)。お盆とは。お盆の始まり。
新盆初盆参り、法事のお供え(御供)やおもてなしは重要。
ご先祖様、故人への餞別は仏様の好物甘茶香をお勧めします。
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餓鬼道に堕ちたご先祖様を救うのに、ご先祖様の生前の好物をもてなすのは好ましいとは言えない。
家族だけ大切にするのもお盆の始まりと同じで自分も餓鬼道に堕ちる原因。 |
お墓に様々なお花と、様々な良いお線香を供えるとお墓の格式や雰囲気が変わる。
お参りに来られた他の人やご先祖様、仏様へのもてなしになる。そこに拘りを持ち深めなければ気だけは救われるという。
お墓を買っても自らの時間・体力・精神力・財力・知力の犠牲を使って飾らなければ置いてあるだけの仏壇やない仏壇と変わらないといわれる。
精神性を高める仏壇とお墓。 |
盂蘭盆会(お盆)は苦しんでいる霊を救う意味があります。お盆には閻魔様でさえ休まれて(閻魔の日)地獄の蓋(ふた)が開くとか先祖の霊が帰って来る日といわれます。
お盆の始まりは釈尊の直弟子目連尊者様には神通力(超能力)があり神通力を使い死者の世界を見ると、亡き母が天上界にも阿修羅にも畜生道にもいない、餓鬼道に落ち苦しんでいました。
目連様にはやせ衰え目をくぼませて水や食べ物を探して歩く母の姿が見えました。
驚いた目連様は神通力を使い母の元へ行き、水や食べ物を届けたのですが、
母が手に取ろうとすると、水や食べ物は火炎となり燃えてしまいました。何度持って行っても同じ事でした。釈尊に母を救う教えを請いますと、「汝の母は我が子可愛さ(貪り)のあまり、他の子供には冷たい心で接し、人に施すこともせず餓鬼餓鬼貪って、そして他を損ね餓鬼道に落ちた。
(我が子=自分の好きな香り=好む物=自分の仏様=家族)
そのわがままな心をあらためる為、今餓鬼道にいる。代わりに汝が夏の修行があける7月15日のお盆に沢山の人々に食べ物などを施して、そして有縁無縁の御霊に供養(施し)しなさい、その功徳によって母は救われるだろう」と説かれました。目連がその通りにしたところ、母は西方極楽浄土の蓮池の中に咲いた一本の花の上に座り、にこにこ笑って仏の教えを聞いていました。
目連の供養が亡き母を地獄から救った話は時と共に広まり、それから生き残っている我々子孫の供養(布施)によって餓鬼道のような苦しみの世界に落ちることのないように、ご先祖様にいい世界、極楽に生まれてもらいたいという願いからお盆が始まりました。それ以来、先祖や亡くなった人達が、苦しむことなく成仏できるようにと、子孫が報恩感謝を捧げ、お盆には家族揃ってお墓に参ってお線香を上げ、沢山の人々にご馳走を振舞い供養する日になりました。
お盆は閻魔大王すら休まれ、地獄の釜が開いて地獄などに落ちたご先祖様も極楽へ昇るチャンスを頂いているといわれます
お盆のお墓参りは善いい事と、良い事が出来なかった喧嘩ばかりして阿修羅に堕ちた好きな物に貪り嗜好し餓鬼道に堕ちたご先祖様の変わりに残された遺族が仏様に良い事をして功徳を回し向ける行いです

その姿を地獄や阿修羅、餓鬼道から執行猶予を与えられ仮釈放されたご先祖さまが目の前でどうか…とお願いしながら見ているといわれる
貴方には大した事ない行事でも、ご先祖様には一大事
利他の行いは自らも餓鬼道や地獄へ堕ちいよう向上する機縁
生前好きだった物も思いやりからご先祖さまに喜ばれますが、生前好きな物に貪り餓鬼道に落ちたご先祖様を救う仏様のご加護を頂くには、ご先祖様の好物で無く思いやりを伸ばした仏様へ喜ばれるおもてなしが必要です。
自分たちの幸せの為に他の集団で生活するものの幸せを奪わない清らかなものが仏様の好物。
お盆には餓鬼道に落ちないようご先祖様だけに貪らず、浄土でお世話になる仏様にも好物甘茶のお接待をすると大変喜ばれ優遇されることでしょう。
伝教大師は、『己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり』と言い残されました。
自分の好き嫌いでなく仏様の好物を持て成すのは我欲を抑えなければできません。
そして我欲を抑えて、自分の好き嫌いでなく仏さまや沢山の人々に喜んでもらう相手の事を考えた
思いやりの持て成しこそこれが慈悲の極みで、心を清らかにする最高の行為とされ、これこそが清らかな極楽に往生できる清らかな心を育てるそうです。
お盆には餓鬼餓鬼貪らず沢山の仏様を盛大に持て成し沢山の人々のことを、相手の事を考えた食事などを盛大に持て成しをしてあげて下さい。お中元お歳暮のご進物にも我に貪らない意味があるそうです。
どうすれば喜ばれるのか?ご先祖様にお線香をあげてあげるとその気持ちを召し上がられ喜ばれますし、生前好きだったものも思いやりの心から喜ばれますが、今は仏様に成られて戻って来ていますので好物も変わっている事だと思います。
中でも仏様の好物『甘茶香』を仏に成られたご先祖様に思いやりの物差しを伸ばして心を込めてお供えしてあげると心から喜ばれます。ご本尊様にも供えると仏様の好物ですからご先祖様もあの世で優遇される事でしょう。(お中元やお歳暮も相手の好物を知っていれば贈ってあげると好いですが、その人が病気になっていたり入院していて食べられないのに神戸牛が好きだからと送るのは好ましくはない)
「真心」は偽りや飾りのないありのままの心、気持ち。誠心誠意、他に施し尽くす心。
「思いやり」とは人の身の上や心情について察する気持ち。
初盆参り新盆お盆仏様のご馳走をお供えするのは『極楽への道』。
お盆には貪らず御供や皆様を盛大にもてなしてあげましょう・・・
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お盆にはご先祖様が旅の途中で帰って来られるそうです。生前の未練が残って餓鬼道に落ちないよう慎重に思いやりの物差しを伸ばしておもてなし。思いやりと真心でお盆の入りには仏様の好物でお迎え、おもてなし・・・(
お盆に迎えいれた時には帰るときは2乗で帰れるともいいます。
「人が生きていくには沢山の生命を頂くという、罪を犯さなくては生きてはいけません。」
全ての生物にも親がおり、大切な家族もいるはずです。目連の母のように自分の仏様(ご先祖)だけ、自分の家族だけ大切にしていてはいけないそうです。
お盆には仏様のお誕生を祝う「甘茶」を使ったお線香『甘茶香』を、亡くなった方が仏となって「お誕生を迎える」事が出来るように沢山の人々に、仏様へおもてなし。
お世話になった全ての生物の縁起に感謝して、沢山の人が好き嫌いでなく 『香りと感謝の心を一つ』 に仏様の好物で初盆を盛大に持て成し、これからお世話になる如来様へどうぞ宜しくお願いしますと、仏様のご馳走「甘茶香」をお供えします。
相手の好物を供える善行の功徳をご先祖様へ回し向けることによって仏様のご加護、仏様の慈悲により『ご先祖様・皆様が浄土へ上がる』仏様に優遇され浄土の幸せが益々増し、仏様・全ての生物に感謝する、相手を大切に思う善い行いの報いで救われるようです。
餓鬼道に落ちないようお釈迦様の誕生日も祝ってあげましょう。
人は行いの報いを受けます。好き嫌い 『貪りは地獄への餓鬼の道』
お盆には相手の身の上や心情を考えた「仏様の喜ぶ甘茶香」の持て成しと、
誠意のある真心の施しは 『極楽への人の道』