仏様は清らかな物 『清浄』 を好むといいますが、それは植物『花』であり『香』であり、『灯』であり『水』であり『米』であり仏さまを大切に持て成し、自分を犠牲(時間・財力・気力・精神力・体力)に奉仕して相手に利する事、御供えしようとする清らかな心『真心』が仏様の『好物
』です。しかし生の物、動物『肉や魚』は好みません。家族があるからです。
鳥又は、足の無い魚は「絞める」といいます。人間が生きていくには他の生物から生命を頂かなくては生きていけません。
しかし生物や動物には生みの親があり家族があり自分の家族の為に他を犠牲にするのは好まれません。
沢山の生命を頂く、仏性を煩悩の垢で覆う人間は
その人間は不浄なもので、仏様の好む清浄なものではありません。
その汚れた息が直接かからないように清めてから仏様に、仏壇でも寺院でもに近づかせて頂きます。
昔は人間に近い四本足の生物を食べてはいけない時期もありました。
「美味しい」ので食べれば良いのですが生物を頂く際には『感謝』して頂きましょう。「生命」を頂いているのを考えれば 『頂きます』 『ご馳走様でした』
という言葉が自然と生まれます。人は自由がききますが宇宙人などに支配されて何県産が美味しいなど、自分や親類が食されるなど人で考えれば動く物、動物も食べられたくはないでしょう。
そこで線香や塗香で心体を清め、祈り、善行を積みことによって仏さまに救って頂きます。他の全ての生物に生かされている縁に感謝して、生活を営まなければなりません。
甘茶は古来より万病の霊薬と言われ、「清らかな仏の世界から降り注ぐ甘露」の代わりに使われます。
仏前にお参りする際には心身を仏さまに好まれる甘茶で清め少しでも仏様に近づけるように、その汚れた息が直接「清浄」を好む仏さまにかからないように、甘茶の塗香で「心身の汚れをお清めして」ご本尊様のそばへお参りさせて頂きます。。
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No.503
最好甘茶塗香
30g
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本堂へ上がる前に生物を頂く不浄な息を心を清めます。
仏さまは清らかな物植物を好まれますが、
仏様の好物の 『甘茶』 を使った塗香。
甘茶には心を清める意味合いがあります。
「仏さまに好物清らかな心へ。」
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